玄関と儀式化の関連性

2011.12.09

玄関という空間が明確に分離したのは、武家の家長の公務上の出入りや客の送迎を儀式化するためであったようだ。それはたとえば書院造の玄関についての次のような記述に示されている。「客の送迎も人によって表玄関と中玄関に分けられていた。またその送迎の仕方、どこまで迎えるか、どこまで送るかが、相手の身分によって、実に細かく規定されていた」「殿様自身が使用する出入口の中で、玄関は束帯を着用し、車を用いる場合に使われ、もっとも公式的な出入口で、平素あまり使われることはなかった」つまり玄関の歴史的な存在意義は、なによりも家に格式を与えることにあった。

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そのことは江戸時代において一般の庶民住宅に玄関をつけることが禁じられていたことからも解る。言いかえれば、玄関は家の内外を全体的に厳しく遮断するのではなく、格式ばった家の、格式ばった出入りに関してのみ、儀式的な遮断性を持っていた。このことを考えれば、昔ながらの玄関を、今日形だけ復活することは意味がないと言えよう。しかし玄関が格式を第一の機能としながらも、副次的に出入りの心理的けじめをつけるという機能、つまり“関”としての役割を持っていたことは否定できない。都市環境がさまざまな面で敵対的になっている現在、この玄関の副次的機能は再評価されてしかるべきだろう。